2013年11月28日

合同慰霊祭

アルちゃんの一周忌の合同慰霊祭に参加してきました。

去年より参加者が多かったようです。

始まる前に、運営者とお坊さんからの話しがあったのですが、なかなか長かったです。

だけど中身は興味深いものが・・。



ペット霊園にいる動物たちはある意味、愛されて幸せだった子ばかりです。

アルちゃんがお世話になった霊園は、福岡市から市で処分された動物たちの火葬と埋葬も任されているそうです。
福岡市長の高橋氏の活動で、保健所に送られて処分される動物たちの数が激減しているということ。
更に、ガスで窒息させるというむごい殺し方から安楽死の方向に・・という動きになっているらしい。

恥ずかしいことにわたしは知りませんでした。

それでも同じ福岡県でも、他の市町村がそうだというわけではなく、やはりガスで苦しんで殺された挙句、ゴミとして処分してしまうところもあるとか・・。

霊園では、その子たちの亡骸だけでも引き取らせてもらい、こちらで供養できないかと働きかけているという話でした。


合同慰霊祭に集まっているペットの飼い主たちは、いまだ自分が愛した動物を思い涙するような人がほとんどですが、同じペット飼いの中には、面倒を見れなくなったペットを保健所に持ち込むような人間もいるわけです。

動物を飼っている人だけじゃなく、飼ってない人にも本当に人間性を疑う人も多いのも事実です。



初めてわたしがインターネットにつないだのは、ニフティのフォーラムでした。
当時はまだパソコン通信・・と呼ばれるものもあって、ワープロからも参加できたりしたんですよね。

そこで、いくつかのフォーラムに参加していましたが、当時子供が生まれたばかりだったわたしは、子育てフォーラムにも所属していました。

子育てフォーラムだから、参加者の多くは、子供をもつ母親であり、父親である人でした。

そんな中に、”自分さえよければいい”と思っている人たちがいることに憤りと薄気味悪さを感じた出来事がありました。



最初は1つの質問投稿でした。


「自分のところの子供が犬を怖がるのだけどどうしたらいいのか?」

みたいな・・。
はっきりした文章は覚えていませんが、通らなければいけない道に犬(野良犬か、飼い犬か覚えていませんが、たぶんあの母親の性格なら野良犬ならすぐに保健所に通報しているだろうから飼い犬だったのかな)がいて、子供が怖がっているからどうしたらいいのか・・という感じの質問でした。


勝手に子供が怖がっている・・というだけで、その犬から襲われたりしているわけではありません。

それで、わたしや動物を飼っている人などが、いろいろ対策をアドバイスしたのです。


たとえば、刺激すると反対に危ないから、目を合わさすに移動することとか、道を帰ることとか、無駄に怖がらずに犬になれさせることもしたらとか、いざというときの対策グッズとか・・。


ところがその母親は、質問していながら人の話を聞く気は一切なし。

何を言っても「怖いから無理」という感じで、最終的に何がいいたいかといえば


「犬なんて全部保健所で処分されればいいのに」


という頭の中身を疑う言葉でした。
(本当にこういった)

それまでいろいろアドバイスしてきた私ですが、その母親の思考に一切ついていけず、またあわせてやる気もカケラもなかったので

「ここでグチグチいっても何も解決できない。
条例を変えたいなら、発言する場所と相手を間違っている」

といって、放置したのです。

ところが、わたしの後も親切な人が一生懸命犬への接し方をアドバイスしているのに、その母親ともう1人”異常”だとしか思えないどこかの男(まぁ・・やっぱり子供のいる父親でしょうけど)が、暴言を吐きまくり、あげくにその男は


(そのアドバイスをしてくれている人が犬を飼っているということだったので)
「お前のところの犬がいたら、車でひき殺してやるのに」

と言い放ったのです。


うちの子ももう高校生・・つまり、それだけ昔の話になりますが、あの出来事は忘れることができません。


あんな人間の血をひき、育てられた子供がどんな人間になっているのか。

親の姿を見て、反面教師でまともな人間に育ってくれていればいいですが、”命”というものをどう考えているのか疑います。

人間以外、”命”はないと思っているのでしょうか。
それとも”命に価値がない”と思っているのでしょうか。

自分が苦手なものなら、消してしまえばいいと思っているのでしょうか。


ある意味、人間は自分に都合の悪い相手は、動物だろうと人間だろうと、削除してきました。

だけど、その歴史が正しいと思っているのでしょうか?


自分がいやなものは抹殺していい。

それが許されるなら、わたしは彼らの消滅を祈っちゃいます。



いつ思い出しても・・本当に胸糞悪くなる思い出です。

こういう人間とこういう考え方がある限り・・処分される動物たちはなかなか減っていかないのかもしれないと思います。


わたしが子供の頃に比べると、本当に野良犬を見かけなくなりました。
(猫はまだみるんですが)

確かに子供の頃など、夕方になると集団で山から下りてくる野良犬などを見ると怖かったですが・・だからこそ、それからうまく逃げる方法を身につけたんですよね。

時々聞く「犬が人を襲った」というニュースも、多くは飼い犬じゃないのかな。
そして、その飼い犬がなぜ凶暴化しているか・・それは飼い主に問題があることがほとんどなんですよね。(犬にストレスをかけているような環境だったり)

普通の犬は、意味なく人を襲ったりしないものです。

わたしの子供のときの知識で思っていたことは


犬が何かしているときに、むやみに近づかない。
食べ物を持っていて、それに興味を示しているようなら食べ物を捨てて、ゆっくり離れる。
走って逃げない。


幼稚園の子供でも、この程度の自己防衛はしていました。

いきなり出くわしたらともかく、そうじゃなければ、自分が迂回すればいいだけです。


上記の母親の子供はそんな知恵もないレベルだったんだろうし、また親もそれを教えるレベルでもなかったんでしょう。
(あとの男に関しては問題外。
わたしが今やられたら脅迫罪で訴えてやる犯罪者レベルです)


日本から狂犬病がなくなったのは、戦後の保健所の活動のたまものなのは知っています。
野良犬・野良猫のいない世界は、人間には衛生面とか・・いろいろ都合のいいところもきっと多いのだろうと思います。

だけど、それが本当にただしい世界なのかと問われると、肯定する気にはなりません。

人間の生活のためにいろいろ切り捨ててきたもの、その中に動物の命も含まれ、自分以外の他の命・・それが人間であっても、それを尊重するという気持ちなど・・切り捨ててはいけないものもまた多く含まれているのでは・・と思ってしまうから。


アルの合同慰霊祭で、いろんな思いがまたよみがえってしまったのでした。

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ニックネーム かすみ at 16:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ウサギ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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